じいちゃんに送った絵

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先日、父方の祖父が89歳で他界しました。
今の気持ちを忘れたくないな、と思い、私事ながらblogにまとめておきたいと思います。

私の両親は2人とも九州出身で、祖父母は熊本と福岡に住んでいます。
父は転勤が多い仕事だったので、私は小さい頃から祖父母と離れて暮らしていました。
年に1回会うか会わないか、という関係ですが、祖父母のことは大好きです。
長寿の家系なのか、この歳で祖父母が全員元気なことが誇りでした。
ただ、先日、父方の祖父が年明けに体調を崩し、3/12、天国へ旅立ちました。

天国へ行ったじいちゃんは、60代で脳梗塞になりました。
1週間も目覚めなかったそうです。
その後、無事目覚めたものの右半身不随となり、右手右足が動かない不自由な体になりました。
私が小学生くらいの時だったので、半分しか体が動かないじいちゃんしか記憶にありません。
でも、じいちゃんはとにかく明るく前向きでとってもアクティブ!
体が半分しか動かないのに、左手で文字を書き、
携帯でメールを打ち(スマートフォンを使うのです。そして返信がとても早い!!)、
杖をつきながら、海外から国内までしょっちゅう旅行にいく、スーパーじいちゃんでした。
私の仕事もとっても応援してくれ、そして誇りに思ってくれていました。
イラストを描いた本や雑貨を送るととても喜んでくれて、
熊本地区の広報担当として、たくさんの人に宣伝をしてくれていました。

そんなおじいちゃんでしたが、年明けに体調を崩して入院をし、
いよいよ本格的に体調が悪くなった時、
じいちゃんの誕生日に送ろうと思っていた家族集合の似顔絵イラストを、
急遽予定を早めて描き、それを持ってじいちゃんの病院へかけつけました。
じいちゃんは意識がはっきりしていたので、とっても喜んでくれて、
○○さんはおしゃれだね、とか、○○さんがとくに似ているね!など言ってくれて、それからずっと病室に飾ってくれました。
看護師さんやお見舞いのお客さんが来る度に私の絵を見せて喜んでいました。
じいちゃんの容体が少し落ち着いたので私も東京に帰って仕事を頑張り、
じいちゃんが病室で作った短歌の文面をもらって、それにイラストを描いて合作してみたり、
お守りの絵を描いて欲しい、と言う要望に応えて絵を描いたりしていました。
そのような感じで元気な様子もあり、もう少し長く頑張れるかな、
と思っていた矢先に体調が急変し、最期は10人以上の家族や親戚に見守られ、天国へ旅立ちました。
私は都心の郵便局で手紙を出している時に、じいちゃんが天国へいった連絡を受け取りました。
じいちゃんは郵便局長さんだったからかな。

じいちゃんは、町の郵便局長さんとして勤め上げたので、
とにかく人望が厚く、たくさんの人を気遣い、
葬儀にはとってもたくさんの方が弔問に来て下さいました。
献花や祭壇は芸能人並みだったように思います。

葬儀の時、お坊さんが言っていた言葉が印象的です。
大切な人を失うことはとても深い悲しみがですが、
故人が亡くなることで仏様と会う機会を作ってくれたことに感謝し、
そしてこれから、心のふれあいを通じて故人と関われることを喜びましょう。
と言うような内容。
葬儀を終えたのに、まだじいちゃんが天国に行ったことは実感できないし、
熊本に行ったら「お~えりちゃん良く来たね~」とか、
熊本弁で「よかよか~」と迎えてくれそうな気がしてなりません。

じいちゃんには、前向きに生きる力、
好奇心旺盛であること、最期まであきらめず生き抜く力、
本当にたくさん大切なことを教えてもらいました。
これからもたくさんじいちゃんと心で触れ合って、
じいちゃんが誇りに思ってくれるような、たくさんの絵を描いていきたいです。

じいちゃんありがとう。そして本当にお疲れさまでした。
天国からも応援よろしくね!

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